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SI業界と「逆選択の経済」

NATROMさんの日記経由bewaadさんのブログで「逆選択」という概念を知った。


「なぜ産科医が減少するのか」というテーマについて、逆選択というメカニズムで説明できるかもしれないというbewaadさんの推論に対して、NATROMさんが反論されている。逆選択とは以下のようなものだそうだ:

■逆選択の実例(bewaad institute@kasumigaseki)

あらためて逆選択というものを簡単に振り返るなら、

  • 質にばらつきがあるものが取引されるときに、
  • そのばらつきが取引相手からは判断しづらい(=情報の非対称性が存在する)場合には、
  • 取引相手は市場全体から確率論的に期待できる質に見合った価値評価をするので、
  • それよりも質の高いものを提供できる者は過小評価を嫌い市場から退出し、
  • 質の悪いものだけが市場で選択(=逆選択)されて残る(と平均が下がるので、以下同じことの繰り返しで事態はますます悪化)。

というものです。医療は質にばらつきがありますし、それを患者が見抜くことには困難が伴うでしょうから、まさしく逆選択が起こりやすいサービスと言えます。産科の質が平均として業務上過失致死を疑うべきものであるなら、疑われるのが心外である質の高い医師から廃業するのは、この理屈から言えば必然ということになるわけです。

この議論自体興味深いのだが、産科医はさておき、僕にとってもっと身近な業界に、これがぴったりあてはまるじゃないか。
ああ、僕が不幸せなのは業界構造のせいなんだ...
こうやって嘆いてみると、そんな業界で頑張っている自分がいとおしく思えてくるが、時間の無駄なので、解決策をちょっと考えよう。

逆選択が起きる原因は「情報の非対称性」にあるのだから、非対称性の解消が根本的な解決策であることは明らかだ。つまり、お客様に理解できるモノを売るか、僕らが売っているモノを理解できるお客様を選ぶかどちらかだ。これに尽きる。

しかるに、多くのSI企業は、そうせずに、「ラベルを付け替える」ことで商品の値段を上げようとする。典型例が「プログラマ」と「システムエンジニア」だ。
お客様からみたら、システムエンジニアとはプログラマになってから2年くらい経った人のこと、としか理解できないだろう(僕もそうだ)。だから、システムエンジニアの価値評価はどんどん下がるし、質も劣化する(もちろん優秀な方もいるが)。
最近では「ITアーキテクト」なんて職種もあるようだが、これもそのうち「システムエンジニア」と同じ道を辿ると僕はみている(システムエンジニアを3年つとめればアーキテクトとか)。

こんなことになるのは、手前勝手に定義した「スキル」がそのまま売り物になる、という甘いビジネス感覚で商売をしているからだ。お客様は常に、お客様の価値基準で値段の妥当性を判断する。僕たちが提供できる価値を、お客様にわかる言葉で訴求できなければ、価格は切り下げられる一方だ。それが嫌なら、僕らが、お客様にわかる言葉を喋らなければならない。お客様が僕らにわかる言葉を喋ってくれると期待するのはスジ違いだ。

この認識を出発点としてもう一歩思考を進めれば、どんな人々をお客様にしたいのかを定めなければビジネスはうまくいかない、と気付くはずだ。だって、SI業界のお客様は、業種や職種ごとに異なる言葉を喋るのだから。生産管理畑の人々と経理畑の人々はまったく異なる目的意識と語彙を持っているし、金融業と製造業でもそうだろう。お客様のセグメントを精確に特定すればするほど、意味のあるコミュニケーションがお客様との間で成立するようになり、僕らが提供する価値を認めて頂きやすくなる。

SI業界が今の状況を脱するためには「ソリューション売り」をしなければならないとか「パッケージソフトウェア」を持たなければならないという主張をときどき聞くが、それはあまり本質的な対策ではないと思う。特定のお客様集団にフォーカスし、そのお客様集団にとっての価値を理解し、そのお客様集団に理解して頂ける言葉で語ること。これが基本であり、それができれば「ソリューション」や「パッケージソフトウェア」は後からついてくるだろう。反対にそうした基礎が無ければ、何かの僥倖で、良い「ソリューション」と「パッケージソフトウェア」を手にしたにしても、時が経たてば、また価格競争に追い込まれ、元の木阿弥となるに違いない。