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会計×IT の深層へ

制度会計システムと管理会計システム

データモデルに関する素晴らしい本を書いていらっしゃる渡辺幸三さんが、「会計システムのアーキテクチャ論」と題して、制度会計システムと管理会計システムの関係についてブログに書いておられた。

渡辺さんはその中で、よくみかける「制度会計に管理会計が寄生しているスタイル」に代えて「管理会計に制度会計が寄生しているスタイル」を採ろうと提案している。前者は、管理会計に必要な項目を仕訳テーブルに織り込んでしまおうという設計アプローチである。それに対して後者では、仕訳テーブルには制度会計に必要な項目だけを織り込み、単純な形にしておく。その上で、管理会計に必要な項目がそれで足りなければ、仕訳を経由せず各種のサブシステムから別ルートで取得することにする。そのこころは、管理会計上の改善を行おうにも「仕訳データを変更しなければならない」という制約(呪縛?)のせいで改善がすすまないという、これもありがちな状況を避けることにある。

私自身も仕訳テーブルに数百のデータ項目(誇張ではない)があるという途方もないシステムをみて絶句した経験があるので、渡辺さんの話はよくわかる。よくわかった上で、あえてここでは反対の立場にたった話をしてみたい。

いちばん気になるのは、制度会計と管理会計はまったく別という具合にじつは割り切れないということだ。経営者は投資家に対して経営状況を報告しなければならない。このための手段が制度会計である。そのいっぽうで経営者は株主から委託された経営責任を分割して各部門の管理者に委譲する。そして、委譲された責任を果たしたかどうかを各部門が経営者に報告するためのひとつの手段として管理会計がある。だから制度会計と管理会計は、本来、リンクすべきものである。たとえば、管理会計上の利益は順調なのに制度会計の利益はそうでないなら、少なくともその二つの数字のズレについてきちんと説明できるようでなければならない。数年前までの日本企業はこの点についてわりに鷹揚だった。というのは株式持合いのせいで、数字の内容について厳しく詮索する株主があまりいなかったからだ。しかし、現在は欧米の機関投資家やファンドをはじめとして数字に厳しい投資家が増えてきている。こうした状況で、投資家からたとえば、なんでショッピングモール事業セグメントの利益が少ないんだと詰め寄られたときに、経営者が、いえ、管理会計上では計画以上の利益が出ているのですが、と答えていてはまずい。管理会計と制度会計の整合をとることはますます重要になってきている。

で、話をもどすと、制度会計と管理会計の数字をリンクさせるもっとも自明で安全な方法は、すべてを仕訳に織り込む、ということになってしまいがちなのだ(それですべてが解決されるわけではないけれども)。逆にいうと、仕訳に含まれない項目を管理会計に用いる場合、制度会計との整合をどう確保するのかという問題が常について回る。

周辺サブシステム(たとえば、販売管理システム)から、制度会計用データ(仕訳)と管理会計用データを別々に出力することにした場合、その二つのデータの整合性を確保するのは周辺サブシステム側の責任になる。各事業部がそれぞれに別々の販売管理システムを持っていると、すべての事業部でそうしたデータの整合性が確保されるのか、心もとない感じになってくる。

しかし、じゃあ、どうすればいいの、と問われると、私も答えにつまってしまう。いま、ふと思いついたが、各事業部の販売管理システムから制度会計システムと管理会計システムに、じかにデータをつなぐのではなく、あいだに「販売取引システム」といった仲介システムを置くことが考えられるかもしれない。各事業部の販売管理システムは全事業共通フォーマットの「販売取引データ」を作成して販売取引システムに引き渡す。販売取引システムはそれをもとに(制度会計むけの)仕訳データと(管理会計むけの)取引データを作成する。こうすれば、制度会計と管理会計の整合性を確保する責任が「販売取引システム」に集中するので、心もとなさがいくぶん減じる。渡辺さんのふれておられる「業務データ管理サブシステム」とは、こういった仲介システムだろうか。この方法を押しすすめると、取引の類型別に、仕訳にかわる標準化された取引フォーマットを用意するということになるだろう。これは魅力的に聞こえる。しかし、販売取引のように比較的パターンが少なく定型化し易い取引はさておき、すべての取引についてこうしたアプローチを採りうるのかちょっと不安もある。これは突き詰めると新しい複式簿記システムを発明することに等しいのではないか。

結論として、渡辺さんのいう「管理会計に制度会計が寄生しているスタイル」には基本的に私も共感するのだが、それを推し進めていく上で、ひとつには、伝統的な仕訳重視の立場(上述したようにこれにも一定の合理性がある)からの反対をどう説得していくか、もうひとつには、制度会計と管理会計の整合性を確保できるしくみをどのように設けるか、というハードルがあると思うのだ。しかし興味深いテーマではある。