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会計×IT の深層へ

十分ということ (from Extreme Programming Explained, Kent Beck)

「森の民(The Forest People) 」と「山の民(The Mountain People) 」の中で、人類学者 Colin Turnbull は、二つの社会を対照的に描きました。山岳地帯では、資源は乏しく、人々は常に飢餓の淵にいました。彼らが発達させた文化は、ぞっとするようなものでした。母親は、赤ん坊がなんとか生き延びられるかもしれぬ程度に成長するやいなや、捨て子たちの放浪集団にその子を遺棄しました。暴力、残虐行為、そして裏切りが、常態でした。

 対照的に、森林地帯には豊かな資源がありました。ひとりの人が基礎的な必要を満たすには、一日に半時間も使えば十分でした。森林地帯の文化は、山岳地帯の文化を鏡に写したように逆になりました。大人たちは協力して子育てし、子供たちは、自分で自分の面倒をみる準備がすっかり整うまで、育てて貰い、愛されました。誰かが誤って誰かを殺してしまった場合(故意の犯罪は知られていませんでした)、その人は追放されましたが、森の中に少し入らなければならないだけであって、それも数カ月に限られました。そして追放されている間も、部族の他の人々が、贈り物として食物を持って来るのです。

 XPは、「もし仮に十分に時間があるとすれば、あなたはどんな風にプログラムを書くでしょうか?」という質問に答える実験です。現実には、あなたには余分な時間などありません、つまるところこれはビジネスであって、私たちは勝つためにこそゲームをしているのですから。しかし、もし仮に十分に時間があるのならば、あなたはテストを書くにちがいない;何かを学んだとき、あなたはシステムの構造を手直しするにちがいない;同僚のプログラマや顧客と多くのことを語り合うにちがいない。

 極めて多数の、才ある人々を、プログラミングのビジネスから去らせてきたゆえんである、達成不可能な強制された期限がもたらす情け容赦のない苦役とは異なり、このような「充足のメンタリティ」は、人間性に沿っています。充足のメンタリティは、良いビジネスでもあります。それは、それ独自の効率性を生むのです。欠乏のメンタリティがそれ独自の無駄を生むのとまったく同様に。

Extreme Programming Explained, Kent Beck, 2000, ISBN 0-201-61641-6, p,xvIII , Japanese translation by Kei Sugimoto