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複式簿記は何が「複式」か―簿記に秘められた二重の複式性

「複式」って言えば借方・貸方に決まってるじゃないかって?
まあ、そう言わずにお付き合いください(^^)

〔ご注意〕これは僕のライフワークのひとつ「増減複式簿記」の宣伝記事でもあります。


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借方と貸方

「借方・貸方」というのは単に記入場所の名前であって、それら自体に格別の機能や役割があるわけではありません。もしあ れば仕訳を取り消す際に借方・貸方をひっくり返すなんてことは許されないはずですよね。さらに言えば借方・貸方がなくとも仕 訳を表記するのに問題はありません。プラス・マイナスを使えば良いのです。たとえば掛で1000円売上げた場合の仕訳はこれで十 分:

借方・貸方がない仕訳

  売掛金   1,000
  売上高   -1,000

貸方金額をマイナスで表現するわけです。実際、海外の会計システムには、プラスマイナス形式で仕訳を入力させるものが結 構あります。

発生的には、借方・貸方にも意味がありました。ルネッサンス期イタリアで簿記が発生したころ、売掛金帳簿の記入の作法と して、得意先からみて「借り」となる額は左の欄に、「貸し」は右の欄に記入されていたのです。しかし、その後、債権 債務以外の勘定とりわけP/L勘定が生れたことにより借方・貸方の意味は薄れ、さらに、マイナスの数が認知されるに到って、 無くなってしまいました。今では盲腸みたいなもんです。

そうなると、今や「複式」も無意味かというとそうではありません。貸借平均の原理(借方・貸方の金額合計が一致すること )は相変わらず要請されています。したがって、対立する視点が2つあって、その両方の視点から取引が記録されていると考える しかないのです。問題は、その「対立する視点」とは何かということです。

 

資本の運用形態と調達源泉

次の仕訳をご覧ください。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  商品   1,000   買掛金   1,000

借方の「商品」はB/Sの資産の部、貸方の「買掛金」は負債・資本の部の項目です。この仕訳の貸借が一致しなければならないの は、B/Sの資産の部の合計と負債・資本の部の合計が一致しなければならないという上位の要請を受けたものです。B/Sの資産の部 は企業の総資本の運用形態(資本をどんな財として保有しているか)を示し、負債・資本の部は総資本の調達源泉(資本をどんな 手段で調達したか)を示しています。同じ総資本を二面から表示するのですから、両者が一致しなければならないのは当然です。 そう考えれば、上記の仕訳での借方・貸方の(見掛け上の)対立関係は、総資本の運用形態と調達源泉の対立関係を反映したもの 言えます。したがって、この仕訳は以下のように書き換えることができます:

  〔運用形態〕   〔調達源泉〕
  商品   1,000   買掛金   1,000

2つの仕訳を見比べると、言葉を変えただけのように見えますが、そうではありません。そのことが明らかになるよう、別の 仕訳を考えてみましょう。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  当座預金   1,000   売掛金   1,000

これを、前と同じように「運用形態:調達源泉」形式で書き直すと以下のようになります:

  〔運用形態〕   〔調達源泉〕
  当座預金   1,000      
  売掛金   -1,000        

この場合、運用形態の組み換え(売掛金当座預金)があっただけで、総資本は増加も減少もしていませんから、運用形態: 調達源泉=0:0で対立しているのです。

ストックとフロー

しかし、資本の運用形態と調達源泉の対立だけで複式簿記を説明することはできません。次の仕訳をご覧ください。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  未収金   1,000   受取手数料   1,000

ここで僕たちの眼に映るのは「ストック」である「未収金」と「フロー」である「受取手数料」の対立です(もちろんこれは B/SとP/Lの対立でもあります)。すなわち:

  〔ストック〕   〔フ ロ ー〕
  未収金   1,000   受取手数料   1,000

このようなストックとフローの対立関係は、利益の二面的計算の基礎となっています。すなわち複式簿記においては、利益を P/Lで計算する(損益法)ことも、B/S上で純資産の増加額として計算する(財産法)こともできて、両者は必ず一致します 。それは個々の仕訳においてフロー勘定(P/L勘定)の金額とストック勘定(B/S勘定)の金額が必ず一致するためです。

原因と結果

「ストック:フロー」と似た対立関係として「原因:結果」というのがあります。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  未収金   1,000   受取手数料   1,000

この仕訳では、未収金が増えたのは受取手数料を計上したからだということで、原因:結果の対立が見てとれます。しかし、 次の仕訳ではどうでしょう:

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  商品   1,000   買掛金   1,000

商品が増えた原因は掛けで買ったからだとも言えますが、反対に、買掛金が増えたのは商品を買ったからだとも言えます。原 因と結果が交換可能なのです。

こういう関係は解釈や説明のストーリーとしては有用かもしれませんが、簿記というメカニズムの原理としては説得力に欠け ますね。したがって「原因:結果」対立関係は、複式性の説明原理から除外しておきましょう。ちょっと寄り道してしまいました 。

気持ちが悪いこと

以上の考察から暫定的な結論を述べるなら、複式簿記の「複式」とは、場合によって「資本の運用形態:調達源泉」と「スト ック:フロー」のいずれかの対立関係に基づいて取引を記録することを意味している、ということになるでしょう。

しかし、僕としては、上のような説明には、居心地の悪さを感じてしまうのです。上の結論でいけば、複式性とは何?と尋ね られて、ある仕訳では「資本の運用形態と調達源泉」と言い、別の仕訳では「ストックとフロー」と説くわけです。一貫性ないで すよね。門外漢向けのわかりやすいお話としては良くとも、これが簿記の「原理」ですよと言われると、ちょっと待ってよと言い たくなるのです。皆さんはいかがですか?

複式性を再考する

そこで、もう一度、この2つの複式性を吟味してみましょう。ポイントは、それぞれの複式性がどのような場合に成り立って いるのかという点です。

この視点から、さきほどの受取手数料の仕訳をもう一度観察しましょう:

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  未収金   1,000   受取手数料   1,000

先にも書いたように、この仕訳を一瞥して見てとれるのはストックとフローの対立関係です。しかし資本の運用形態と調達源 泉の対立関係はどうでも良いのでしょうか。そんなはずはありません。どんな仕訳が投入されとしても、個々の仕訳について貸借 が一致している限りB/Sでの貸借が一致する(資本の運用形態と調達源泉がバランスする)のが複式簿記のメカニズムです。表面 にはあらわれませんが、資本の運用形態と調達源泉の対立関係はこの仕訳にも隠されているのです。

もったいぶったことを言いました。仕訳でP/L勘定に転記された金額は回り回ってB/Sの資本の部の「利益剰余金」等の勘定科 目に振り替えられます。したがって、B/Sだけに着目すれば、上の仕訳は以下のように解釈できるのです。

  〔運用形態〕   〔調達源泉〕
  未収金   1,000   利益剰余金   1,000

以上から、「資本の運用形態:調達源泉」の対立関係はすべての仕訳において存在することがわかります。まさに「複式簿記 の原理」に数えるのにふさわしいですね。

では「ストック:フロー」の対立はどうでしょうか。こちらの方が難しいようです。P/L勘定がからまない仕訳において「スト ック:フロー」の対立を見出すのは困難です。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  商品   1,000   買掛金   1,000

上記の仕訳を、ストック:フロー対立形式で書きなおすと一応以下のようになります:

  〔ストック〕   〔フ ロ ー〕
  商品   1,000      
  買掛金   -1,000        

しかし、上記のようにストックだけ(あるいはフローだけ)現れる仕訳に、僕は釈然としないものを感じるのです。というの は「ストック:フロー」の対立はひとつの取引の中に必ず存在するはずだと思うからです。取引とは企業財産(の調達源泉と運用 形態)の変動です。変動額は常に、要因別にも、影響を受けた財産の項目別にも測定できるはずです。フロー勘定別測定は前者で ありストック勘定別測定は後者です。であれば、両者は常に対になって現れるべきです。あるときはストックのみ、またあるとき はフローのみ、さらに別のときは両方、というのは一貫性に欠けていないでしょうか。

ストックとフローはいかに対立しているのか

そこで、ストックとフローの対立関係をもう少し分析してみましょう。前に挙げた仕訳を再掲します:

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  未収金   1,000   受取手数料   1,000

この仕訳で、僕らは、ストックとしての「未収金」とフローとしての「受取手数料」が対立していると考えました。このように考 えた背景には先に挙げた「原因:結果」論があります。すなわち、借方の未収金の増加の原因を、貸方の受取手数料が示している と解釈し、その「原因:結果」をそのまま「フロー:ストック」に置き換えたのです。
しかし、「原因:結果」は解釈のス キームにはなり得ても簿記メカニズムの原理としては採用づらいという点は先にふれた通りです。そこで、「原因:結果」スキー ムを離れてみると、この仕訳には実はもうひとつストック勘定が隠されていることに気付きます。そう「利益剰余金」です。そこ で、先の仕訳において、隠れている利益剰余金を顕在化させてみましょう。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
  未収金   1,000   利益剰余金 [受取手数料] 1,000

この仕訳において、ストックとフローの対立は、(未収金ではなく)利益剰余金と受取手数料の間に見られます。先ほど「あ るときはストックのみ、またあるときはフローのみ、さらに別のときは両方、というのは一貫性に欠けていないでしょうか」と書 きましたが、上記のように分析すると、「ストックのうち利益剰余金だけについて、また利益剰余金については必ず、フローが測 定される」という規則が実は一貫して適用されていることがわかります。

さらに「資本の運用形態:調達源泉」の対立関係も含めて表示すれば、この仕訳は以下のようになります:

  〔運用形態〕   〔調達源泉〕
  〔ストック〕 〔フロー〕     〔ストック〕 〔フロー〕  
  未収金 1,000   利益剰余金 [受取手数料] 1,000

このように仕訳を表記すると、「資本運用形態:調達源泉」と「ストック:フロー」という2つの対立関係に基づく複式性が ひとつの仕訳の中に矛盾や摩擦なく共存していることがわかるでしょう。さきほど、後者の複式性はP/L勘定がからむ仕訳にのみ 見てとれるということを言いました。このことは上の仕訳表記においてストック勘定が「利益剰余金」であるときのみ「フロー勘 定」欄が記入されるという形で表現されています。

ここから、「ストック:フロー」の複式性を完全な形に仕上げるにはほんの一歩しか要しません。すなわちストック勘定が利 益剰余金以外であっても、フロー勘定欄を記入することにするのです:

  〔運用形態〕   〔調達源泉〕
  〔ストック〕 〔フロー〕     〔ストック〕 〔フロー〕  
  未収金 [計上] 1,000   利益剰余金 [受取手数料] 1,000

ここにおいて、2つの複式性が、ひとつの仕訳の中に対等な資格で織り込まれました。この形がすなわち、僕の提唱している 「増減複式簿記」です。増減複式簿記のメリットとして、キャッシュフローステートメント作成が容易になるとか、設備投資額などの経営情報を取得し易くなるといった実務上の利点を以前から挙げていますが、簿記メカニズムの理解といった点でも、増減複式簿記はわかりやすいのではないかと思っています(手前味噌ですが)。
いかがでしたでしょうか。