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連結会計のメカニズム―開始仕訳の概念

前回のエントリで仕訳のB/Sインパクトを抽出するというテクニックを紹介しましたが、このテクニックは連結会計の仕組みを理解する上でとても重要です。

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連結会計では、毎年度、グループ各社の財務諸表をスタートラインとして、それに対する修正仕訳を投入します。
しかし、これらの修正仕訳はあくまで連結作業上での仕訳であって、各社の帳簿には反映されません。したがって、当年度の連結作業に際して前年度の修正仕訳を再び投入しなければなりません。これを開始仕訳と呼びます。

しかし前年度の仕訳がそのまま開始仕訳となるのではありません。開始仕訳ではP/L勘定はすべて利益剰余金勘定に置換します。というのは、当年度の処理においては、前年度の修正仕訳は当期のフロー(P/L)に影響せずストック(B/S)のみに影響するからです。ですから前年度の仕訳からB/Sインパクトを抽出したものが、当年度の開始仕訳になるのです。

例を使ってご説明しましょう。

X年度

(1)単体決算

欧州子会社が、開発費1,000の請求を受けました。欧州で採用されている国際会計基準では開発費は一定の条件を満たす場合、発生年度において費用処理するのではなく資産計上することになっています。したがって子会社の仕訳は下記の通りです。

  〔借  方〕   〔貸  方〕
繰延開発費(B/S)   1,000   未払金   1,000

(2)連結決算

日本の会計基準では開発費は発生年度において費用処理することになっています。そのため、子会社の上記会計処理を、連結決算上で修正する必要があります[*1]

  〔借  方〕   〔貸  方〕
開発費(P/L)   1,000   繰延開発費(B/S)   1,000

開発費1,000を繰延処理(資産計上)したことは、国際会計基準に従わねばならない立場の欧州子会社としては正しいので、単体決算上は修正の必要はない点にご注意ください。修正が必要なのはあくまで連結決算の上だけなのです。また、この修正によって、連結決算上の欧州子会社の利益剰余金は単体決算より1,000小さくなっていることに留意してください。

X+1年度

(1)単体決算

(上記の開発費計上に関する処理はなし[*2]

(2)連結決算

さて子会社の財務諸表には前年度の仕訳②が反映されていないので、連結決算ではそれを反映するところから処理を始めなければなりません。そのための仕訳がこれです:

  〔借  方〕   〔貸  方〕
利益剰余金(B/S)   1,000   繰延資産(B/S)   1,000

この仕訳③は仕訳②のB/Sインパクトを抽出したものです。前年度末の子会社B/Sは単体決算と連結決算で1,000ずれた状態で した。奇妙な感じがしますがこれは適用する会計基準の違いによるもので「正しいずれ」なのです。上記③の仕訳を投入することで、このずれが当年度B/S上でも正しく再現されます。

仕訳②をそのまま投入すると何がまずいかおわかりでしょうか。当年度末B/Sに対するインパクトは仕訳②でも③でも同じです。一方、P/Lインパクトは異なります。仕訳②では当年度のP/Lの利益が1,000減ってしまいます。しかし、連結決算上で開発費を取消したのは前年度の話です。だから、当年度のP/Lは何も修正の必要がないのです。そこでB/Sインパクトのみを抽出するわけです。

このように、前年度までになされた連結修正仕訳のB/Sインパクトを当年度財務諸表に反映するための仕訳が「開始仕訳」です。[*3]

普通の会計はある程度わかるけれども連結会計が苦手という人は、大体のところこの開始仕訳の原理が腹に落ちていません。連結会計には確かに難しい会計基準が色々ありますが、そういった会計基準は個別撃破していけばなんとかなります。しかしこうした簿記の基本メカニズムがわかっていないと、前に進みようがないのです。これは、業務理解の本質とは何かを考える上で興味深いことです。

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[*1] 企業会計基準委員会実務対応報告18号「連結財務諸表作成における在外子会社の会計処理に関する当面の取扱い」により、研究開発費の支出時費用処理を含む6項目については、連結子会社の採用する会計基準に関わりなく日本基準に合うよう調整することが要請されています(平成20年4月1日以降開始する事業年度より)。

[*2] 本当は、前年度に資産計上した繰延開発費を償却する仕訳が必要ですが、ここでの話の主題と関係がないので省略します。

[*3] ここでは、連結決算で作る財務諸表がB/SとP/Lのみであるという前提で説明しています。実務では「株主資本等変動計算書 」という財務諸表を作らなければならないので、仕訳にもう少し工夫が必要ですが、開始仕訳に関する本質的なポイントは変わりありません。