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キャッシュフロー計算書の作成方法を原理から理解する①

キャッシュフロー計算書の作成方法については、経理部門の方でも何となく「難しい」という意識を持っていらっしゃることが多いのですが、理屈(作成原理)は実はとても単純なのです。キャッシュフロー計算書は、「増減複式簿記」とも深い関係があるので(※)、何回か掛かるでしょうがなるべくわかりやすく解説してみようと思います。

※ 説明は増減複式簿記に依存したものではないので、単にキャッシュフロー計算書の作り方を理解したいだけの方も心配なくお読みください。


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キャッシュフローを計算するのにキャッシュフロー計算書はいらない

キャッシュフローとは、キャッシュのフローです。「キャッシュ」とは細かい話を除けばB/S上の「現金預金」です[*1]。そして、期末と期首のキャッシュの差額が当期のキャッシュフローとなります[*2]。ということは、キャッシュフロー計算書などなくとも、キャッシュフローの額は暗算でわかるわけです。

ではキャッシュフロー計算書(以下、C/F)はなぜ必要かというと、キャッシュフローを計算するためではなくて、キャッシュフローの額を要因別に分析して表示するためにあるのです。皆さんは直接法とか間接法という区別を聞いたことがあるかと思いますが、これらはキャッシュフローを分析して表示するにあたってのアプローチの違いです。

しかし表示方法が違うとは言え、直接法・間接法いずれであっても、同じ手法でC/Fを作成することができます。これに反して、世の中に出ている解説本の多くは、「C/Fの作成方法には直接法・間接法の2つがある」と説明しています。これは、間違いと言い切るほどでも無いのですが正しくも無いのです。ほとんどの会社は間接法を採用しているので僕としてはまず間接法を前提に作成方法をご説明し、後で、この問題も含めて直接法に触れたいと思います。

C/FはB/Sから作成する

まず一番基本的な知識として「C/FはB/S各項目の当期増減をもとに作成する」と覚えておいてください。例を用いてご説明しましょう。期首・期末のB/Sが以下の通りであったとします:

CF基本ケース―期首期末BS

この2つのB/Sをもとに項目別の当期増減を計算します:

CF基本ケース―比較BS

「増加」欄に着目してください。符号は借方が正で統一しているので全項目の合計はかならずゼロになります(もちろんB/Sの貸借が一致していることが前提です)。キャッシュ項目(「現金預金」)の行に示された 600 が当期のキャッシュフローです。したがって、キャッシュ以外の項目の当期増加額を合計するとキャッシュフローと符号が反対で額が一致します(この例では、①~⑦の合計で -600 です)。
この原理を用いてC/Fを作成することができます。すなわちキャッシュ以外のB/S項目の増加額をそれぞれ適切なC/F項目に割り当てれば以下のようにC/Fが出来上がるのです:

CF基本ケース―CF

C/Fの各行の右の番号①~⑦はその行のC/F項目に割り当てられたB/S項目を示しています。たとえば「売上債権の減少額」の右の①は、B/Sの売掛金の右の①と対応しています。すなわち売掛金の当期増加額 -500 が組み替えられて売上債権の減少額 500 となっています。符号は反転されています。B/Sの「増加」欄は借方増加額を正として表示されているのに対して、C/Fは貸方増加額を正として表示するからです。なぜそうするかは、上述の原理(キャッシュフロー∑キャッシュ以外のB/S項目の増加額)から明らかでしょう。

なおこの例では、B/Sの増減項目とC/Fの項目が1:1に対応していますが一般的にはn:1になります。たとえばB/Sに「受取手形」があれば、売掛金と同じく「売上債権の減少額」に割り当てられます。

以上がC/F作成メカニズムの基本です。実際にはこれだけではなくもう少し込み入った手続きが必要ですがそれについては次回以降でご説明します。

作成方法と表示方法

C/Fの入門書を読むと、間接法のC/Fは当期利益をもとに色々な調整を加えて作成するといった説明があります。これはC/Fの表示の説明としては結構なのですが、実際に決算で本格的なC/Fを作成する際には、先頭の項目から順にそれぞれ計算式に従って算出するという方法はあまり採りません。というのは、そのやり方では、ほとんど必ずといってよいほど、算出されたキャッシュフローがB/S上のキャッシュの当期増減額と合わなくなるのです。B/Sの科目は実際には上述の例よりずっと多いのでそれらを漏れなく計算式に組み込んだか確認するのは一筋縄ではいかないし、貸借を考慮しながら足したり引いたりする中で符号誤りも起きるからです。そんな場合、各項目の計算式をチェックするにしてもどこまでチェックすれば良いのか判断がつきかねるという事態に追い込まれます。
これに対してこのエントリで説明した方法ならば、キャッシュ以外のB/S項目とC/F項目の対応表を見れば割り当て漏れの有無は一目瞭然です。符号誤りにいたっては、原理的に起き得ません。

作成方法と表示方法が異なるのは、ある意味当たり前のことです。P/Lは営業利益・経常利益・当期純利益の順に表示されますが、だからといってその順にどこかから金額を拾って作成されるわけではないですよね。もちろん、取引が発生するつどその金額が仕訳によって適切な勘定科目に割り当てられ、それが最終的に勘定科目別に集計されて、みなさんが目にするP/Lになるのです。C/Fもまったく同様に作成方法と表示方法は一致しないのです。会計では表示方法は利用者の便宜やそれを踏まえた会計基準によって決められますが、一方、作成方法は作成者の業務がシンプルになり検証が容易になるように設計すべきです。両者は無関係ではありませんが基本的には別物です。後者を前者からうまく分離し、すっきりした形に仕上げる仕事は会計システムを設計する者の腕の見せ所であり、そうした努力の結果として現われてくるシンプルな構造が会計システムのアーキテクチャの重要な要素であると僕は考えています。

[*1] 会計基準に即して言うと、キャッシュは現金及び「現金同等物(cash equivalents)」であって、たとえば一定の条件を満たす有価証券なども含めることがあります。しかしそれは、B/S上でキャッシュと非キャッシュ間の線をどこに引くかという問題であって、このエントリで扱っている、キャッシュフロー計算書の作成メカニズムにはまったく関係がありません。

[*2] また会計基準的な話をすると、キャッシュの当期増減額のうち一部は、「キャッシュフロー」と呼ばずに別に表示することがあります。しかし再びこれは会計基準の話であってキャッシュフロー計算書の作成メカニズムの視点からは、これらもキャッシュフローと見なしてなんら問題はないのです。