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キャッシュフロー計算書の作成方法を原理から理解する②

前回は、キャッシュフロー計算書作成の基礎原理として「C/FはB/S各項目の当期増減をもとに作成する」ということをご紹介しました。しかし、前回のようにB/S各項目の当期増減をC/F項目に単純にひも付けるだけでは不十分な場合があります。今回はそのような場合に対応して、基礎原理がどのように変容するのかをご説明します。
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B/S各項目の純増減を、そのままひとつのC/F項目にひも付けできない場合がある

C/F項目をどのような括りで表示すべきかは会計基準により(大まかに)規定されています。その規定に従おうとすると、B/S各項目の増減額をさらに分析しなければC/F項目にひも付けできない場合があります。前回の例を少し変更したものをもとにご説明しましょう:

CF両建ケース―期首期末BS

前回との違いは以下の通りです:

  1. 前回の例では、借入金の増加 800 は全額が新規借入によるものでした。そのため、これを「借入れによる収入」というC/F項目にひも付けました。今回の例では、新規借入だけでなく期首の借入金残高のうち 500 を当期中に返済していています。その結果、借入金の増加は 300 となりますが、この額をそのまま「借入れによる収入」とするわけにはいきません。「借入れによる収入 800」、「借入金の返済 -500」と両建て表示することが、会計基準によって要請されています。
  2. 備品については、前回の例では当期の増加額 500 の全額が当期の新規取得額によるものだったので、そのまま「有形固定資産の取得」としました。今回の例では、この備品について当期で減価償却 100 を行っています。そのため備品の当期増加額は 400 に減りました(あわせて当期利益も 100 減っています)。この場合、C/F上では 「有形固定資産の取得 500」、「減価償却費 -100」と両建て表示する必要があります。
  3. 前回は、配当支払等の利益処分がいっさい無かったと想定したので、利益剰余金の当期の増加額 550 と当期利益が一致していました。今回の例では、配当を 250支払ったことにします。やはり、当期の増加額を当期利益による増加額と配当支払による減少額に分けて両建て表示することが必要になります。

今回の例では、B/S項目別の純増減額をそのままC/F項目にひも付けることができません。そこで、比較B/Sの「増加」欄の金額の内訳を要因別に分けて書いてみましょう:

CF両建ケース―比較BS

上掲の「B/S増減表」の欄の金額を行ごとにC/F項目にひも付ければ、以下のようなC/Fができあがります:

CF両建ケース―CF

だんだん本格的な感じのC/Fになってきましたね!じっさい、ここまでにご説明したメカニズムだけでC/Fを作成することも可能です。実務上は、次回ご説明する「損益組替」という手段があった方が何かと便利なのですが、原理的にはここまでにご説明した方法でも十分です。

 

原則の拡張

C/F作成の原則として「C/FはB/S各項目の当期増減をもとに作成する」と前回ご説明しました。今回はこの原則の延長線上で、当期増減をC/F項目へひも付ける際の手がかり(キー項目)として、B/S項目に加え「増減要因」という項目を登場させました。すなわち前回のひも付け規則が:

B/S項目 → C/F項目	(B/S項目ごとにひも付け先C/F項目がひとつ決まる)

と表現できるのに対して、今回のひも付け規則は:

B/S項目×増減要因 → C/F項目	(B/S項目と増減要因の組み合わせごとにひも付け先C/F項目がひとつ決まる)

となります。作成原理の基本は同じで、ひも付け規則が拡張されているわけです。

会計基準と計算メカニズム、あるいは会計システム設計の喜び

ここまで読まれて、C/Fの作成方法は意外なほど単純と感じられたのではないでしょうか。実際、C/Fの作成メカニズムはごくシンプルです。むしろこんなにシンプルなのに経理部の方や会計士はなんでC/Fに頭を悩ませるのかと思われるかもしれません。謎解きをすれば、彼らが頭を悩ませるのは、ここでご紹介したような計算メカニズムではなく、C/Fの項目をどの程度細かく設定するべきかとか、あるB/S項目の特定の増減要因での増減額をどのC/F項目にひも付けようかといった、「計算の中身」なのです[*1]。また、会計基準が規定しているのも「計算の中身」です。反対に言えばここでご説明しているような「計算メカニズム」あるいは「計算のフレームワーク」は、会計基準には関係がないし、また、経理部の方や会計士が「仕様」をどんなに変更して影響を受けません。

したがって、こうした「計算メカニズム」を「計算の中身」から分離した形でシステムを設計しておくと、変更の影響を非常に受けにくいシステムとなるわけです。

「会計システム」と聞くと「いいねえ、会計は。やり方が事細かに決められていて…(それに比べて俺の仕事は…)」と言う人がたくさんいます。そう言ってもあながち間違いではありません。会計の世界にはたしかに様々なルール(会計基準)があり、ことこまかに「計算の中身」やら「表示方法」を規定しているからです。

しかし、会計基準が規定しているのはあくまで「決算書に載る数字はどのような基準で算出されたものであるべきか」ということにすぎません(重要なことではありますが)。その数字を実際に作成する際の方法・メカニズム・業務分担といったことがらは、業務とシステムの設計者に委ねられています。そして、基準を決めることと計算メカニズムや業務プロセスを決めることの間には、想像以上のギャップがあります。前者については本を読めばわかりますが後者については自分たちで考えなければなりません。参考になる「一般的なやり方」はあるかもしれませんが、それはMUSTでもBESTでもないのです。そして、自分たちで一生懸命考えた結果、個々の状況に依存する可変的要素と根底にある普遍的要素をうまく切り分けてシステムを設計できたときには、それが傍目には大した革命では無くとも、やはり喜びがあるのです。

[*1] とは言うものの、現場では、ここでいう「計算の中身」の問題と「計算メカ二ズム」の問題がごちゃごちゃになって現れ、経理担当者自身も混乱してしまうことが多々あります。両者を区別して考える習慣を養っておけばそういった事態に対処する上でも役に立ちます。