さて今回はお約束通り直接法のC/Fの作成方法を解説します。といっても今まで解説してきた間接法と大して変わらないんですけどね。
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直接法のC/Fを作る
間接法と直接法の違いは営業キャッシュフローの部の表示方法にあります。前回までにご紹介した間接法では、当期利益に調整を施して営業キャッシュフローを導出する形で表示するのに対して、直接法では営業収入と営業支出の両建てで営業キャッシュフローの内訳を表示します。表示方法が異なるだけで、どちらをとっても営業キャッシュフローの額は同じです。また投資キャッシュフローと財務キャッシュフローについては表示方法も同じです。
それでは、前回と同じ例を用いて直接法のC/Fを作りましょう。
(1) 二期比較B/S
B/Sは期首も期末も前回と同じです。B/S増減表については「利益剰余金」の部分だけ変更しています。すなわち、「当期利益」の代わりに当期利益を構成するP/L項目を置いています。[*1]
(2) B/S増減表からC/Fへの組替
B/S増減表の各行(すなわちB/S項目と増減要因の組)をC/F各項目にひも付けることによってC/Fが作成される点、間接法と異なるところがありません。具体的なひも付け方が異なるだけです。営業収入は売上高に売掛金純増を加えています。売上高と売掛金回収高の差が売掛金純増になるので、このやり方で営業収入すなわち売掛金回収高を逆算することができます。商品の仕入れによる支出は、買掛金純増のほか売れ残りの商品の純増も加味して売上原価から逆算しています。[*2]
興味深いのは減価償却の扱いです。利益剰余金の増減内訳として「減価償却費 100」とありますが、これは支出を伴わないのでキャッシュフローを構成しません。備品の「減価償却 -100」も同様です。この両者は対応しています。そこで両方を「(減価償却費相殺)」と呼ぶ作業用のC/F勘定にひも付けて相殺しています。これは:
〔借 方〕 | 〔貸 方〕 | ||||||
減価償却費 | 100 | 備品 | 100 |
という仕訳を「無かったこと」にするのと同等の意味を持ちます[*3]。
なお、この例では「損益振替」を用いていませんが、直接法でも「損益振替」を用いた方が便利な場合はあり得ます。
直接法と間接法の二つの意味
以上で、直接法であれ間接法であれ、同じ方法で作成できることがわかりました。ここからは余談です。
実は直接法・間接法には、ここまでご説明してきた「表示方法としての直接法・間接法」とは別に「作成方法としての直接法・間接法」というものもあるのです。後者の意味での間接法は、キャッシュ以外のB/S項目の対前期比較によってC/Fを作成する方法です。すなわち今までご説明してきた方法は、できあがるC/Fの表示方法が直接法・間接法かをとわず、作成方法としては間接法に属します。これに対してB/S上のキャッシュ勘定の増減を要因別に把握・集計することによってC/Fを作ることも当然できます[*4]。これが「作成方法としての直接法」です。ややこしいですね。
ちなみに作成方法と表示方法の可能な組み合わせを図示すると以下のようになります:
用語が一緒だと頭が混乱してきますよね。表示方法について語るときには「直接表示法」「間接表示法」、作成方法について語る時には「直接作成法」「間接作成法」と区別して呼びましょう。
上述の直接表示法のC/F作成例をみた皆さんには、「直接表示法」を採用したとしても「間接表示法」に比べて作成に極端に手間がかかるわけではないことがご理解頂けるでしょう。大枠の仕組みはどちらでも同じでB/S増減データの把握単位やB/S項目とC/F項目の対応関係などが少し違うだけです[*5]。直接表示法を採用する会社が少ない理由として「作成が困難」という点を挙げているテキストを散見しますが、あまり困難そうには見えませんよね。こうした記述は「直接作成法」と「直接表示法」を混同した結果かもしれません[*6]。
直接作成法の使いどころ
では、実際、直接作成法が用いられることはあるのでしょうか。社内で資金繰り目的で資金実績表などを作る際には直接作成法が用いられることがあります。資金繰りのためには、銀行別・口座別の入出金実績を把握したいところですが、間接作成法ではこうした細かさには対応できないからです。しかし開示用C/Fについては、直接表示法を採用するとしても、直接作成法を用いるべき積極的理由はあまり見受けられません。
直接表示法と間接表示法―どちらが良いのか
さてこのように作成の手間に大差がないとすれば、直接表示法と間接表示法のどちらが良いのでしょうか。歴史的に見ればキャッシュフロー計算表の揺籃期(19世紀後半)からこの方、メインストリームは間接表示法でした[*7]。C/Fはそもそも比較貸借対照表として生まれてきたのですが、その誕生の契機は「勘定合って銭足らず」の状況が生じることが多くなり、その理由を投資家に釈明する必要が出てきたことです。利益は出ているのになぜ現金がないのかという質問に答えるには、利益とキャッシュフローの差異要因が明示される間接表示法の方が適役なのは自明です。
にもかかわらず多くの本で直接表示法の方が原則のように書かれているのはなぜでしょうか。たぶん、1970年代にキャッシュフロー計算書を現在のような形で定式化したロイド・C・ヒースという人が間接法嫌いだったからじゃないかと僕は想像しています。この人の考えは、要約すると、間接表示法はテクニカルすぎて素人にはわからん、ということのようです。確かに、当期利益に減価償却費を加算するのはなぜか、会計にアマチュアの投資家に理解せよというのは結構難しいリクエストかもしれません。しかし一方で投資家の一番の関心事が先に述べたように利益とキャッシュフローが乖離した理由にあるのなら、これは乗り越えなければならないハードルじゃないかとも思います。皆さんはいかがお考えになるでしょうか。
[*1] 期末B/Sと当期P/Lは以下の当期仕訳をもとに作成しています(前回と今回の計算例とも)。
[*2] この例は単純なのでこのように売上高と売上原価から逆算して「営業収入」と「商品の仕入による支出」を算出しました。より複雑なケースでは、売掛金・買掛金の増減要因として、手形・貸し倒れ、相殺、他勘定振替なども考慮する必要があるので、ここで示したような単純な逆算はできません。しかしその場合も売上債権・仕入債務の増減内訳データがあれば、それぞれを適切なC/F項目にひも付けることによって直接法C/Fを作成することができます。
[*3] この仕訳はキャッシュに対する影響がまったく無いので、C/F計算上は「なかったこと」にするのが正しいのです。
[*4] 入出金に関する仕訳に、入出金の理由を示すコードを付すといった手法を採ります。
[*5] 直接表示法では [*1] で述べたように売上債権・仕入債務の増減データが必要なので、間接表示法に比べると必要データの種類と量は少し増えます。ただしこれらは重要な経営データでもあるので、C/Fの作成方法いかんに係らず社内で管理されており、さほど困難なく入手できるケースが多いと思います。
[*6] 直接作成法の場合、[*3] で述べたように、仕訳に入出金理由を示すコードを付す必要があるので、EDPシステム面での対応が必要ですし、仕訳入力時にも注意が必要です。また監査の視点からみても、入出金データの正しさを監査する必要があるので手間がかかると思われます。間接作成法なら監査済みのB/SやP/LをもとにC/Fを監査することができます。すなわちB/S増減データなどの補足データやひも付け条件のみを追加的に監査すればよいのでだいぶ楽なはずです。
[*7] キャッシュフロー計算書の変遷について詳しいテキストとして「損益計算の進化」渡邉泉 森山書店 2005 ISBN 4-8394-2001-7 をお勧めします。