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増減複式簿記のコンセプト

キャッシュフロー時代の複式簿記-単純仕訳と複合仕訳をてがかりに」で提案した拡張型の複式簿記について整理しておく。
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名称

 呼び方がないと不便なので、いちおう「増減複式簿記」と呼んでおく。

拡張の意図・ねらい

 現在の複式簿記は、計算構造という視点から見ると、財産の在高(ありだか)の把握(B/S)を基本とし、それに、利益剰余金の増減額の詳細把握(P/L)を追加したかたちになっている(P/LよりB/Sを「重視」している、といっているわけではないことに注意してほしい。あくまで計算のしくみの成り立ちの話である)。
 しかし、現代では、キャッシュフローステートメントが財務諸表の一角を占めるようになったことに象徴されるように、利益剰余金以外のB/S勘定についても増減額の詳細を把握することが重要になってきている(脚注①)。こうした要請に合うよう複式簿記を拡張しようとするものである。

しくみの概要

 増減複式簿記のしくみについて、まず純粋なかたちで説明する。現在の複式簿記になじんだ人の視点からみて違和感を小さくするための工夫について、その後で述べる。

(1) 基本コンセプト

 現在の複式簿記での「勘定科目」概念を、以下の二つに分解する。

  • 残高科目 … 財産残高の把握単位。
  • 増減科目 … 財産の増減の把握単位。

 「分類」ではなく「分解」であることに注意して欲しい。つまり、勘定科目の代りに、残高科目と増減科目のを用いることにするのである。
残高科目は従来のB/S科目と一対一に対応する。従来のP/L勘定科目は、そのまま、残高科目「利益剰余金」に対して有効な増減科目になる(脚注②)。

(2) 仕訳

 仕訳の借方・貸方には、勘定科目ではなく残高科目と増減科目の対を指定する("残高科目名[増減科目名]"という形式で表記)。以下に例をあげる。

例(1) 機械を購入する

①従来の複式簿記

(借方) 機械装置   1,000 (貸方) 設備未払金   1,000


②増減複式簿記

(借方) 機械装置 [設備投資] 1,000 (貸方) 設備未払金 [計上] 1,000


例(2) 光熱費の請求を受ける

①従来の複式簿記

(借方) 光熱費   1,000 (貸方) 未払金   1,000


②増減複式簿記

(借方) 利益剰余金 [光熱費] 1,000 (貸方) 未払金 [計上] 1,000

 

(3) 元帳

従来の勘定元帳は残高元帳と増減元帳に分解され、各仕訳はその両方に転記されることになる。

  • 残高元帳 … 残高科目ごとに、期末残高を保持。
  • 増減元帳 … 残高科目と増減科目の対ごとに、期中発生額を保持。

 残高元帳はバランスデータ、増減元帳はフローデータというように、役割が明瞭に分けられるので会計処理がシンプルになる面もある。例えば、従来の簿記であれば期末にはP/L勘定の残高を集計して期間損益を計算し、利益剰余金勘定に振り替える手続き(「損益振替」)が必要であるが、増減複式簿記では、利益剰余金勘定の残高は常にその時点での損益を反映しているので、こうした手続きは不要である。

 なお、実際の経理業務では元帳が何種類かに分けられたり、勘定科目以外の残高管理単位として、部門や相手先、製品などが元帳のキー項目に含められることがある。この点については、増減複式簿記を採用したからといって変わるものではない。従前の各元帳が、それぞれ残高元帳と増減元帳に分かれるだけである。元帳の種類によってはどちらか一方でよいこともあるだろう。

(4) 現行の複式簿記との妥協

 現在の複式簿記になじんだ人の視点からみると、たぶん、P/L勘定の扱いについて違和感があるだろう。P/L勘定が利益剰余金に対する増減科目であるというのは理屈の上では納得できるとしても、たとえば仕訳上で「売上高」とするかわりに、いちいち「利益剰余金[売上高]」としなければならないのは煩雑と感じる方も多いだろう。
 考えておく価値があるのは、現在のようにEDP化がすすんだ環境では、これがただちに入力項目の増加に結びつくものではない、ということである。
 しかし、その点を踏まえてもなお違和感が残るなら、特例としてP/L科目については残高科目欄に記入することにすればよい(この場合、「残高科目」と呼ぶより「勘定科目」と呼んだほうが適切かもしれない)。例(2)であげた光熱費の請求のケースの仕訳をこの形式で作成するなら、以下のようになる。

③折衷型の増減複式簿記

(借方) 光熱費 [-] 1,000 (貸方) 未払金 [計上] 1,000


 これが、「キャッシュフロー時代の複式簿記-単純仕訳と複合仕訳をてがかりに」で示した形式の仕訳である。現行の元帳と同様、残高元帳にバランスデータ・フローデータが混在することになり増減複式簿記本来の単純明快さは薄れるが、それも実際に適用するための対価だろう。


(脚注①) キャッシュフローステートメント以外の例として、米国会計基準における「包括利益」の増減額の開示を挙げておく。「包括利益」とは、潜在的には利益剰余金となり得るのだが利益剰余金ほどの確実性がない項目であり、B/Sの資本の部に記載される。金融資産の評価差額や、為替変動による未確定の損益が含まれる。

(脚注②) 残高科目と増減科目の全ての組み合わせが有効というわけではない点にご注意いただきたい。例えば、増減科目「設備投資」があったとしても、残高科目「売掛金」との組み合わせは意味をなさない。

2005/6/18 若干の表現を修正