Hot Heart, Cool Mind.

会計×IT の深層へ

論点整理-会計システムと組織変更〔業務要件編〕

会計システムを構築する際、かならずといってよいほど組織変更への対応方法が話題にあがる。しかし、多くのプロジェクトでは通常業務への対応で手いっぱいになり、こうした付随的なテーマには十分な検討の手間を掛けられないのが実情である。そのため、組織変更にまつわる問題はどの企業でも共通に見受けられるにもかかわらず、知識はあまり蓄積されていない。 今回は、このテーマについて検討のてがかりを提供できればと思い、いくつかの論点を書きとめた。本当は業務要件にまつわる論点からはじめてシステム外部設計上の論点にまで話を進めたかったのだが、今回、なんとかまとめたのは業務要件に関する部分だけである。残りの部分にもまたいずれ取り組んでみたい。

1.制度会計/管理会計と組織変更

まず議論の出発点として、制度会計/管理会計の区別と組織変更の関係について整理しておこう。
管理会計上、組織変更について考慮が必要なのは当然のこととしてご理解頂けるだろう。
いっぽう、制度会計では会社全体の決算書を作れればよいのだから組織変更など関係ない、と思われるかもしれない。非上場会社についてはある程度そういえる。しかし上場会社においては、事業セグメント別のP/L・総資産の開示が求められる。そのため、制度会計といえども事業別に実績データを把握する必要があり、組織変更を無視することはできない。また、非上場会社であっても製造業ならば原価計算をおこなわなければならない。原価計算のためには原価部門別に集計した加工費データが必要なので、やはり組織ツリーにしたがって費用を集計する場面がでてくるのである(脚注①)。
そこで、以下では制度会計・管理会計の両方とも検討の対象にしていくことにする。じっさい、どちらにおいても組織変更への考慮が必要とはいえ対応姿勢がかなり異なるので、別々に検討しなければならない。

2.組織変更の種類

システムでの対応方法を検討する目的からは、組織変更を2つの異なる事象の組み合わせと考えた方がよい。組織ツリーの変更と、最小組織単位の分割・統合である。実際の組織変更では両者が同時に起こることが多い。たとえば事業部分割(組織ツリーの変更)にともない旧事業部内の一部の部門が分割される(最小組織単位の分割)といったぐあいである。しかしこの場合でも、まず部門が分割され、つぎに事業部の分割にともなって一部部門が新設事業部に移動した、というふうに、わけて考えたい。本当は複合的な問題もあるのだが、いったんはわけて考えることで問題が整理しやすくなる。

以下ではまず組織ツリーの変更にともなう問題について検討し、次に最小組織単位の分割・統合について考える。

3.組織ツリーの変更と、会計数値の集計方法

組織ツリーが変更されるならば、(少なくとも概念的には)複数の組織ツリーが存在することになる。どの組織ツリーをもちいて会計数値を集計するのか、なんらかの基準で決定しなければならない。決定の基準として、大きくは以下の二つがある(脚注②):

  1. 発生時点法: データの発生時点の組織ツリーを用いて集計する
  2. 指定時点法: データの発生時点とは関係なく、指定された特定時点の組織ツリーを用いて集計する

期の変り目に組織変更があったとしよう(脚注③)。発生時点法をとるなら、前期のデータは前期の組織ツリーにしたがって集計し、当期のデータは当期の組織ツリーを用いて集計する。指定時点法では、前期・当期のデータともに当期の組織ツリーにしたがって集計する、あるいは、すこし例外的だが前期の組織ツリーを用いることもある(どんな場合かは、後で述べる)。

制度会計では発生時点法をとることが多い。その理由のひとつは、指定時点法をとると「分類集計コード」の話でのべた「集計データの連続性の確保の要請」に応えることが難しくなるためである。たとえば「事業部」が帳簿組織上の集計単位とされているなら、紙に出力するにせよ電子媒体に保存するにせよ、前期の帳簿の期末欄と当期の帳簿の期首欄の事業部合計金額が一致することがふつう求められる。指定時点法でこれを実現するのは、なかなかやっかいだ。
管理会計では、経営数値が時系列的に比較可能であることが重視されるため制度会計とは逆に指定時点法が主となるが、発生時点法での集計をあわせて行うことも多い。これには制度会計との整合性の確認を容易にするねらいがある(脚注④)。
ひとくちでいうなら、発生時点法はデータの逐次確定重視、指定時点法は時系列比較重視と考えてよいかもしれない。

外部設計の領域に少し踏み込むが、発生時点法と指定時点法では必要とされるデータ構造が異なる。
発生時点法をとるなら、「最上位の組織単位から最小の組織単位にいたる経路を識別するデータ」をキーとして残高・発生額を保持しなければならない。こうしたキーの一例としては、各桁が組織の階層に対応したロールアップコードがある(その他の方法もいくつかある。これについては外部設計編でふれたい)。これに対して指定時点法では、残高・発生額は最小の組織単位ごとに保持していればよい。
なお、いずれの場合でも勘定科目など他のキー項目が必要なことはかわりない。

例として「事業部」の下に「部門」がある二階層の組織ツリーを考えよう(以下ではこの例を共通に用いる)。ある時点でA部門がX事業部からY事業部に移動したとする。発生時点法では「X事業部-A部門」と「Y事業部-A部門」は異なる残高管理単位である。これに対して指定時点法では事業部は関係なく「A部門」じたいがひとつの残高管理単位となる。

すなわち、指定時点法では最小組織単位と残高管理単位は表裏一体だが、発生時点法では、このふたつを異なる概念ととらえなければならない。これは、「分類集計コード」の話でのべた、「分類対象」と「分類」の区別に相当する(最小組織単位が「分類対象」であり、残高管理単位は「分類」にあたる)。

4.発生時点法固有の問題-残高振替

発生時点法では、組織ツリーの変更にともなって残高振替の問題が発生することがある。A部門がX事業部からY事業部に移動したという例で考えてみよう。A部門は組織変更前に売価1,000の商品を販売し、組織変更後にその代金を回収したとする。仕訳は以下のようになる:

①計上時
(借) X事業部-A部門 売掛金 1,000 (貸) X事業部-A部門 売上高 1,000

②回収時
(借) 本社-資金部 現金預金 1,000 (貸) Y事業部-A部門 売掛金 1,000

これでは、売掛金の計上金額と回収金額がそれぞれ別の残高管理単位(「X事業部-A部門」と「Y事業部-A部門」)に転記されるので、売掛金残高の「入り繰り」が生じてしまう。これに対処するために、組織変更時には以下の仕訳を投入しなければならない:

③組織変更時
(借) Y事業部-A部門 売掛金 1,000 (貸) X事業部-A部門 売掛金 1,000

上記のような残高振替を行うなら、そもそも発生時点法の意味は何なのか、と思われる方がいるかもしれない。この点については、各仕訳の帰属期間に留意して頂きたい。たとえば、上記の組織変更が下期の期首に行われたとしよう。このばあい、仕訳①は上期に属し仕訳②・③は下期に属する。したがって上期の帳簿の期末残高欄および下期の帳簿の期首残高欄では、この売掛金1,000の残高管理単位は「X事業部-A部門」のままなのである。このような「帳簿上の数値の連続性」を確保することが発生時点法のねらいであった。

ここでは、売掛金のみ振替え、売上高は振替えなかった。一般的にいうとB/S勘定残高の振替はMUSTだ。P/L勘定については、発生時点法の「スジ」からいえば振替不要のはずある。なぜなら、組織変更前の期間におけるA部門の売上高はX事業部に帰属し、変更後の期間におけるA部門の売上高はY事業部に帰属する、というのが発生時点法の考え方だから。しかし実際には、年度内で組織が変更された場合には、P/L勘定残高も振替えるという会社もある。これは、帳簿の連続性を確保するんだという制度会計的発想と、変更後は新組織で管理していくんだから振り替えないと意味無いじゃないかという管理会計的発想がせめぎあった結果である。このへんの問題については、制度会計と管理会計の役割分担をもう少し整理すればすっきりするように思う。制度会計と管理会計がからみあっているために、こうしたことが生じるのである。

5.最小組織単位の分割・統合時の対応

最小組織単位が分割・統合された場合には、その組織単位に係わるB/S勘定残高を振替える必要がある。たとえばA部門の一部がB部門として独立したとすれば、旧A部門のB/S勘定残高のうちB部門に帰属すべき金額をB部門に振替える必要がある。A部門がB部門を吸収・統合した場合は、逆に旧B部門のB/S勘定残高をA部門に振替える。この手続きは組織ツリーを変更しようがしまいが必要である。

6.最小組織単位の分割・統合と組織ツリーの変更の複合ケース

X事業部に属するA部門の一部がB部門として独立し、Y事業部に移動するケースである。

発生時点法をとる場合は、P/L勘定残高を振替えるべきかについて、前述した組織ツリーの変更にともなう残高振替のケースと同様の議論がある。

指定時点法をとる場合は、新組織ツリーで集計できるよう過去データを分割する必要がある。
制度会計では締め切り済みの過去データを修正することは嫌われるので、この点でも指定時点法と制度会計の相性は悪い。
過去データを分割するのに手数がかかりすぎる場合、上記のバリエーションとして、組織変更前のデータと変更後のデータをともに旧組織ツリーで集計して比較するという手法を採ることもある。情報の有用性は落ちるが、こちらの方が容易ということも多い。

7.前方業務と組織変更

ここまでは、「レポーティング業務」を主に検討対象としてきた。レポーティング業務とは、さまざまな会計取引データをもとにB/S・P/Lをはじめとする経営情報を作成する業務である。経営情報の材料である会計取引データは、前段階のさまざまな業務から提供される。レポーティング業務を中心とした見方では、これらは「前方業務」と呼ばれる。「個別勘定管理」業務と呼ばれることもある。売掛金・買掛金・固定資産といった勘定科目の区分ごとに業務責任が分かたれるのが通例だからだ。

組織変更との関係でいうと、発生時点法における残高管理単位の概念をレポーティング業務内にとどめておくのか、それとも前方業務の領域にも持ち込むのか、が大きなポイントである。
これだけではわかにくいので固定資産管理を例に説明しよう。
固定資産の各物件(個々の機械装置、備品、土地など)に対して所属部門が決められる。所属部門はその物件に関する減価償却費の一次負担部門、B/S上の簿価の帰属する部門である。ここで物件ごとに「所属部門(=所属最小組織単位)」を決めるだけでよいのか、「所属事業部(=所属上位組織単位)」も決める必要があるのか、というのが上記で言いたいことである。

発生時点法では所属部門と制度会計の帳簿上の残高管理単位の対応は一対多になる。固定資産管理業務の側では物件ごとに所属部門しか認識しないとするなら、制度会計の勘定元帳上の事業部×部門別残高から固定資産の元帳上の部門別残高へトレースできなくなる。もちろん、制度会計の勘定元帳上の固定資産残高を部門別にサマリーすれば、固定資産の元帳との対応はつくのではあるが。
固定資産の各物件に対して、所属事業部・所属部門を付与すれば、このような問題は回避できる。しかしこの場合、組織ツリーが変更されたとき、(所属部門には変更がなくとも)所属事業部の設定を見直すことが必要になってしまう。

いずれも一長一短あるが、前方業務側は最下位組織単位だけ認識することにすべきだという考えに、私は傾いている。
組織ツリーというものはもともと管理会計上の概念である。個々具体的な資産を管理する立場に立てば、各資産の管理責任がどの部門に属するのかは大事であっても、その部門がどの事業部に属するのかは、本来、知ったこっちゃない話だ。そうした概念を個別勘定管理の領域に持ち込むのはいかがなものか。
もうひとつ、すこし外部設計寄りの話であるが、システムの柔軟性の問題がある。組織が成長し、また管理の考え方が変化するにつれ、組織ツリーの階層の数も変化する。前方業務システムの設計に(発生時点法的な)残高管理単位の概念が織り込まれていると、組織階層の数が変わった場合に影響を受けるシステムの範囲が極めて広くなる。これも気になる点だ。

まとめ

ここまでの説明で、制度会計と管理会計では組織変更に対する対応の態度にずいぶん差があることをご理解いただけたかと思う。この違いはつきつめれば、制度会計と管理会計の目的の違いに由来する。

制度会計は投資家など企業外部の利害関係者に情報を提供する。利害関係者の立場にたてば、データの処理過程の客観性・透明性が極めて重視されるのは当然である。データのつながりが誰の目から見ても明らかで、かつ改ざん不可能な形で処理過程が記録されることが要求される。組織変更対応との関係で特に重要な点をあげれば、①帳簿上の数値の連続性重視、②逐次締切主義(いったん締め切って確定したデータは修正しない)の二点がある。

管理会計は企業内部の各層の経営管理者に情報を提供する。証拠能力の高さは制度会計ほどは要求されないが、そのいっぽうで、データの比較可能性(たとえば前期と当期、予算と実績の比較可能性)が重視される。

こうした性格の違いに着目すれば、制度会計=発生時点法、管理会計=指定時点法という対応関係が容易に想定できる。
しかし、そう簡単には割り切れない。ひとつには、制度会計といえども有用な情報を提供するうえで指定時点法の観点をまったく無視できるわけではないことだ。もうひとつには、制度会計と管理会計の整合性が重視されるため、管理会計が制度会計にひきずられる傾向があるという点だ。
こうした事情で、制度会計/管理会計と発生時点法/指定時点法の関係が入り組んできて、そのけっか組織変更対応が複雑になってしまうわけである。

いろいろと書いてきて、やはり発生時点法が問題を複雑にしているという思いが強くなってきた。制度会計で発生時点法が要求されるのは、何度も繰り返しているように「帳簿上の数値の連続性」確保のためなのだが、正確にいうとこれは制度会計に対する情報要求そのものから来ているのではなく、帳簿組織を設計する上での要請である。帳簿の中から組織ツリーを排除してしまえば、かなりの問題が消えてなくなってしまうかもしれない。帳簿上で集計行を設けるのはデータ検証をやりやすくかつ確実にする上での配慮である。明細単位まで遡らなくても集計行ごとに大雑把なチェックができるようにするためだ。ところが、その集計行の単位として、これまで例としてあげてきた「事業部」のような集計組織単位を使用すると、組織変更対応がたいへんになる。
帳簿上の検証可能性を確保するという要件に応える仕組みと、本来の情報要求に応えるための仕組みをなんとか切り離すことができれば、組織変更対応がもっと簡単になり帳簿体系もシンプルになるのではないかと感じるが、まだ、答は見つからない

なお、この文章では組織変更についてすべてを扱ったわけではない。意図して除外したテーマのひとつに、社内取引(事業部間売上など)の問題がある。組織変更によって事業部の境界が変わった場合、社内取引額をどう修正するかという問題が生じる。これは事業部の括りがひんぱんに変わる会社においてはだいじな問題であるが、ここでは検討しなかった。また時を改めて検討してみたいと思う。




(脚注①)たとえば、組織の階層が、「部」「課(=原価部門)」「係」「工程」となっているとすれば、工程別に把握した費用実績を組織ツリーにそって積み上げて原価部門別の加工費合計を算出することになる。

(脚注②)内容は別に新しくないが、呼び方については一般的な合意が存在しないので私が仮につけた呼称を用いている。業務アプリケーション設計の分野では、このように、内容を説明すればわかっていただけるが一般的な呼称が存在しない概念がたくさんある。こうした概念に名前をつけることは、議論を深めていくうえで重要であると思う。

(脚注③)ここでいう「期」は、月・四半期・半期・年度などのいづれでもかまわない。

(脚注④)以上がスジ論だが、じっさいのシステムにおいては、制度会計との整合性の視点が強調されて、管理会計システムにおいても発生時点法を基本とし指定時点法ベースへの組み替え処理は臨時処理として行われるような例もある。