Hot Heart, Cool Mind.

会計×IT の深層へ

会計と簿記と財務と

ブログ界隈で、最近、小じんまりと話題になっている「会計と簿記と財務って何が違うの?」って質問について、シナプス複式簿記で通信している僕がお答えしてみる。


会計と簿記って何が違うの?

これは、「水泳と競泳水着って何がちがうの?」という質問にかなり似ている。水泳は人間の行為であり、競泳水着はそのための道具のひとつだ。同じように会計は人間の行為であって簿記はそのための道具である。もう少し詳しく言うと、会計とは人間の活動をカネでもって評価して、記録して、報告するという行為全体を指す言葉であり、簿記はそこで用いられる記録の様式・メカニズムなのだ。こう理解した上で、最初に戻って「会計と簿記って何が違うの?」という質問を眺めてみれば、この質問が、まったく異なるカテゴリーのものを同列視しているので答えようがないということがわかる。[*1]

ちなみに、競泳水着がなくてもふんどしで泳げるように、現代の複式簿記ではなく江戸時代の大福帳を用いても会計はできる。ただし、ふんどしではオリンピック出場が(たぶん)認められないように、大福帳では現代の会計基準をみたす会計は(たぶん) 行えない。

会社の中で、営業部門・生産部門・人事部門といった具合に仕事の種類に応じて部門が分かたれる。そのひとつとして「経理部門(会計部門)」がある。一方で「簿記部門」というのはない。これも会計は行為(すなわち仕事)であり簿記は道具だからだ。

会計と財務って何が違うの?

この質問は本当は難しくないのだが、尋ねる相手と尋ねた場面によって違う答えが返ってくるので混乱してしまう。というのは「財務」という言葉が多義的に使われるからだ。この言葉には少なくとも三つの異なる意味がある:

(1) 資金を調達運用する行為

まず第一に、企業が株式発行や社債発行・借入などで資金を調達する行為と、調達した資金を貸し付けたり、他社の株を買ったりして運用する行為を「財務」という。会社で「財務部門」が担当しているのはこの意味の財務だ。キャッシュフローステートメントで「財務活動キャッシュフロー」というときの「財務」も同じ。この「財務」と先に説明した「会計」を合わせて、ふつう「経理」という。

しかし、財務は経理部門が担当するとは限らない。たとえば金融機関では財務がメインビジネスそのものなので全社を挙げて財務をやる。そうした場合、経理部門は会計のみを担当する。

(2) 企業や事業をファンドとして見る視点

企業は色々な見方で眺めることができる。人の集まった組織として捉えることもできるし、技術や知的資産の集積とみることもできる。資金を集めてそれを事業活動に投下しリターンを得る投資ファンドのようなものとみることもできる。この最後の見方を指して「財務的」という。「財務分析」というときの「財務」はこの意味だ。デューディリジェンスなどで行う企業の価値評価もこの意味で「財務的」な評価である(デューディリでは他の側面からの評価も行うが)。ここでいう「財務」は資金の調達運用のような具体的な行為を指すのではなくて、企業を見る際の視点、アスペクトのひとつである。

(3) 企業外部への報告行為

最後に、「財務会計」と言ったときの「財務」は、上記二つのケースとは、またまた異なる意味を持っている。財務会計は、最初に述べた、評価・記録・報告行為としての会計の一部であって、企業外部のステークホルダーに対する報告行為のことである。具体的には株主、潜在的投資家、銀行などの債権者、税務当局などに報告する行為はすべて「財務会計」である。これに対して企業内部の管理者に対する報告行為は「管理会計」である。企業外部への報告という意味では、「財務」という言葉を単独で用いることはなく、常に「財務会計」というひとつながりの言葉として用いられる。

このように異なる意味が「財務」という言葉に込められているのは、たぶん、担当する部署が重なるからだろう。資金を調達するには株主や債権者に企業の状況を報告する必要がある。それに、こうしたステークホルダーがまず興味をもつのは、自分の投下した資金に対するリターンがどうなるのかということだから、二番目の意味の財務に結びつく。だから、企業内でカネを握っている部署(=経理部門)がぜんぶまとめて担当するのが一番プリミティブな姿だ。その後、それぞれの意味での財務が高度化・複雑化してきたので、今では別々の部署が担当することも多くなってきたわけだ。

まとめとして、「会計と財務って何が違うの?」という最初の質問に答えると、次のようになる。まず、一番目の財務は会計とは並列の別の仕事(行為)である。二番目の財務はそもそも仕事の名ではなく、企業活動を眺める視点のひとつに付けられた名前だ。最後の財務会計は、会計という仕事の一部である。

どう? 少しはすっきりした?
やっぱりややこしいって?
ごめんなさい m(_ _)m

[*1] この箇所は少し言い切り過ぎの面がある。欧米では「簿記係(bookkeeper)」という職種が存在する。日本で言うと「経理事務担当」といったニュアンスである。これに対してヨリ「高級」な判断を要求される職種は「会計士(accountant)」と呼ぶ。別に公認会計士(CPA:Certified Public Accountant)」でなくてもアカウンタントである。このように職種としての簿記係がある以上、「簿記」を「仕事(=行為)」と見ても、間違いとは言い切れない。ただし、ブックキーパーとアカウンタントの境界は厳密なものではない。ブックキーパーもリスクの小さな会計判断は行うし、アカウンタントが記帳業務を全く行わないわけではない(たとえば、売掛金の処理に精通した人は accounts receivable accountant と呼ばれる) 。このことからわかるようにアカウンタントとブックキーパーの間に厳密な仕事の線引きが存在するわけではないのだ。